同窓会に行かない理由



どうも、カエルかカメレオンのように「目の前で動いている」ものじゃないと、「生きている」と判別しないようだ。

突然、なんのことかと思われるだろうが、「人との付き合い方」について。


べったりしていなくてもいいけど、適度に関りがないと、私にとっては「存在しない人」として認識してしまう。
だから、「年賀状だけの付き合い」は、私には成立しにくい。
そして、やがて私はその縁を切っていく。

薄情なのかどうなのかわからないけれど、そんな感じ。



私は人とつながることが苦手だし、薄くなったら縁を切っちゃうし、「リセットしたい。破壊して創り直したい!」という強い衝動も持っているし、どんどんいろいろ変わっちゃうのだ。

なかなか理解されることもなくて、「ひどい人」と思われることも多いけど、一応、生でお会いする人にはそこまでひどいことはしていないつもりだし、SNSはゆるゆる。


こんな私なので、学生の頃の友達とのつながりなんてほとんどない。
卒業した学校から同窓会の案内も来るけれど、行ったことがないし、通知が来て「わー、嬉しい!」と思ったことがない。


一度だけ、同期会に参加したことがある。
久しぶりに会う人もいて、懐かしかった。
それなりに楽しかったけど、つまらなかった。

女子校だったので、姓が変わっているのいないのでヘンな確認されたり(未婚なのか養子をもらったのか離婚したのか、など)、子どもの話を振られたり(話せることなんてねーよ)。

あとは、いじめていた人がしれっとそこにいたのを見たことだ。
あまり関りはなかったけど、同じクラスで、学習の班が決められた。
グループ内で役割を決めて大きめの紙に書くとき、その子たちはふざけて「あ、間違えた」と何度も何度も私の名前を間違っては書き、「あ、また間違えた」とケラケラ笑いながら書き直し、書き直し、を繰り返した。

自分の問題もあるのは、今は承知しているけれど、反応が面白いのかわりといじめられる、というか「からかわれる」ことが多かった。
あと、女子特有の派閥には入らなかったし、権限のある子の言うことも納得しないから聞かないので、面白くなかったみたい。

そういう対象にもなったし、小学生の頃は担任に訴えてもみたけれど、「キリエさんなら耐えられると思って」と乱暴でいじめっ子の隣の席は変えてもらえなかったし、他のことも理解してもらえなかったので、そのまま放置で、私はその時から「学校の先生はあてにならない」という、かわいげのない子になってしまった。


くだんの「その子たち」はことあるごとにそうやって、私をからかい、私は学校に行くのが嫌で嫌でたまらなかった。

その子たちが、「そんなこと覚えていません」と座っているのを見て、そんなイヤなことをたくさん思い出して、「あ、私、同窓会も同期会も無理だ」と悟った。

それ以降、行っていない。




どうして突然こんなことを書いたのかというと、ニュースで「夏休み明けが怖くて自殺する子どもを止めよう」というのを見たからだ。

ゴールデンウィーク空け、夏休み明けなどは不登校になる子どもも増えるし、やっと息も絶え絶えに4月から夏休みまでを過ごし、夏休みに逃げ込んだ子どもにとって、また9月からあの苦痛がやってくるのかと思うと耐えがたいものがあり、生命を絶つ子どもも少なくないようだ。

いじめも自殺も一面的にとらえては見えないことも多いので、慎重だし、これに対して私は今、ここでは何か言うつもりもない。


ただ、お盆で帰省して、懐かしい友達と会ったり、同窓会が開かれることもあるだろうけど、みんながみんな、楽しいわけじゃないし、普段はすっかり忘れている「嫌な思い出」を思い出してしまって、うんざりしている人もいるんだろうなぁ、と思っただけ。












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